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ずっと靄がかかったかのような世界観。
主人公が過ごした幼少時代を思い出し、語りかけるように物語は進んでいく。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

あらかじめ自身の将来が定められてると知った時、
ごくありふれたように見える「向こう側」へは行けないと知った時、
彼らは泣き叫んだり、暴れたりすることなく、静かにそれを受け入れた。

近い将来、声を掛けられ、使命を全うする。
先の大戦で散っていった私たちの先輩方が残した記録では、
終わりが来ることを受け入れた時から、
日々の何気ない生活が色鮮やかに映るようになったという。

主人公は、日々の共同生活での仲間たちとの関わり合いの思い出を丁寧に語る。
全体を通してひんやりとした世界の中で、旅先でレコードを買いに行く光景は
そっと日が差したかのような暖かさを感じた。

覚えてるか、キャス?先生はロイにこう言った。絵も、詩も、そういうものはすべて、作った人の内部をさらけ出す……そう言った。作った人の魂を見せる、って


そして時は流れ、仲間たちは共同生活を終える。
淡々と自身の役割をこなしていた主人公は、仕事先で偶然かつての仲間と再会する。

徐々にあることに思い至りました。
それは、時間切れ、ということです。
やりたいことはいずれできると思ってきましたが、
それは間違いで、すぐにも行動を起こさないと、
機会は永遠に失われるかもしれない、ということです。


ある望みを掛けて、彼らは仲間の協力と記憶を頼りに、ある人物へ会いに行く。
それぞれの立場の者たちが、それぞれの真意を語る。

新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。
古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。
でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。
そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。
心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、
離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれを見たのです。


現実の世界でも人の数だけ生き方は異なっており、
あまりにも住む違う世界が違うと感じる人たちもいる。
どれだけ相手に寄り添おうとも、その人に代わることはできない。
反対に、どれだけ相手が意を汲んでくれることにありがたみを感じようとも、
その人が自分の代わりになることはない。
自身を律して役目を全うしていく以外に救いはないのだと思う。

「追い風か、逆風か。先生にはそれだけのことかもしれません」
とわたしは言いました。
「でも、そこに生まれたわたしたちには人生の全部です」


決して声を荒げることはないが、そこにはやり場のない静かな怒りが滲んでいるようにも感じた。
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